サリドマイド物語 part1:奇形児を生んだ薬害事件
サリドマイドと聞いて何を思い浮かべますか。多くのヒトは薬害のことを思い浮かべるかもしれません。
サリドマイドは睡眠薬として売り出されました。妊婦期にこのサリドマイドを服用した女性から生まれる子供に異常が発生しました。つまり、奇形を生じていたのです。具体的には生まれてきた子供の手が極端に小さかったり、聴力障害をもっていたりしたのです。
サリドマイドの薬害
サリドマイドには光学異性体があります。サリドマイドを構成する成分は全く同じだが、その構造は異なっていました。それは、ちょうど鏡に映したときのような構造の違いです。例えば右手を鏡に映すと、鏡には左手の形が映ります。しかしこの右手と左手は同じ平面上では重ね合わせることができません。
薬にはこの鏡写しの構造の違いにより片方では薬としての有効な効果が表れるが、もう片方の構造では副作用が表れるということはよくあります。構造が少しでも違えば、その化学物質は薬になるが副作用を起こす毒にもなります。
サリドマイドは片方には睡眠作用があり、もう片方には催奇形性がありました。つまりサリドマイドの半分は有効な薬であり、もう半分は胎児に奇形をもたらす効果があったのです。
サリドマイドには血管が新しく作られるのを阻害する作用があります。まさにこの性質が胎児に奇形をもたらしたのです。胎児が手や脚を形成しようとするときに栄養を運ぶ血管が形成されなければ、その部分は成長できなくなってしまいます。
胎児の四肢形成には、血管が作られることがとても重要になってきます。これは、胎児の手や脚を形成するには多くの栄養が必要になるからです。もし組織が小さいなら、周囲から栄養が広がることで行き渡ります。しかし大きい組織になるとそれだけでは栄養が足りません。そのため栄養を運ぶ血管が必要となるのです。
サリドマイドはDNAに影響を与える
サリドマイドはDNAにも影響を与えます。これはサリドマイド分子の一部がDNAの暗号部分であるアデニン(A)とグアニン(G)に似ているからです。特にグアニンの方はサリドマイドの一部の構造と類似点が多かったのです。DNAの配列はアデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)の四種類の並び方によって決定します。
さらに、サリドマイドはDNAに入り込む作用ももっています。そのためDNAの配列の中でグアニン(G)を多く含む場所にサリドマイドは入り込むことができます。まさにその場所が、手や脚などの血管形成を促進するために必要なタンパク質を読み取る部分でした。サリドマイドが入り込むことで、そのタンパク質を合成するのに必要な情報を読み取ることができなくなります。
この場合、サリドマイド分子が直接DNAに影響を与えるわけではありません。サリドマイドは肝臓で代謝されます。つまり分解されるのです。この分解産物がDNAに影響を与え、催奇形性をもたらします。
血管形成を促進するタンパク質を合成する情報を読み取ることができないため、新しい血管を形成できない。新しい血管が作られないため組織に栄養が行き渡らない。十分な栄養がないため手や脚が成長しない。そのために奇形が起こります。
この血管が新しく作られる作用は複雑であり、複数あります。そのため手や脚以外の部分にも奇形が発生する場合があり、逆に障害を受けない部分もあります。
サリドマイドによって影響を受けるタンパク質が関与する血管形成においては、同じような障害(奇形)が発生します。しかし、それ以外のタンパク質によって形成する血管では障害が発生しません。
このようにしてサリドマイドは胎児に奇形をもたらし、社会問題へと発展しました。「サリドマイド薬害事件」のためにサリドマイドは一度姿を消しました。しかし最近ではこの悪魔の薬がまた姿を現してきました。
実は、この悪魔の薬は胎児にとっては奇形をもたらし時には命を奪う薬であるが、ほかの病気に対しては命を救う奇跡の薬でもあったわけです。
次のページではサリドマイドが命を救う薬として紹介したいと思います。
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