心不全と治療薬
心不全の症状と前負荷・後負荷
心不全には「呼吸困難・息切れ」、「易疲労感」、「低心拍による症状」、「全身うっ血による症状」などが挙げられる。低心拍では低血圧や意識障害、ショックが起こる。全身うっ血では浮腫や肝肥大が起こる。
心臓は血液を送り出すポンプの役割を果たすが、「全身に血液を送り出すとき」や「血液が戻ってくるとき」などで心臓に負担がかかる。つまり、心臓に対する負担には「心収縮のときの負荷」と「心拡張のときの負荷」の二種類がある。
心臓が拡張するということは、静脈から血液が心臓の方に戻ってくるということである。そして、静脈から多くの血液が戻れば戻るほど、その分だけ血液を受け入れないといけないので心臓に負担がかかる。このように、静脈が関わる心臓に対する負荷を前負荷という。
また心臓が収縮するということは、心臓が血液を送り出しているということになる。そして、心臓から出ていく血液が多いと、その分だけ負荷が大きくなる。このように、動脈(末梢血管抵抗)が関わる負荷を後負荷という。
利尿薬は前負荷を軽減する働きがあり、心不全の治療に用いられる。
心不全治療の戦略
心不全患者では心筋の収縮力が低下している。つまり、心臓のポンプ機能が弱っているのである。これによって、うっ血や浮腫が起こる。
心不全患者には心臓の収縮力を増強するように働く薬を使用する。心臓のポンプ機能が低下しているため、薬によって心筋収縮力を改善させるのである。
心筋のポンプ機能を強くさせるには二つの方法がある。一つは「強心配糖体」を使用する場合であり、もう一つは「心筋細胞内のcAMP量」を増加させる方法である。これにより、心臓の機能が回復する。
また、心不全治療の戦略として「心臓の負荷を軽減させる」という方法がある。一つの例として、血液量を減らすことが挙げられる。血液が多すぎれば心臓はその分だけ血液をがんばって全身に送り届けないといけない。例えば、10Lの水を運ぶのと1Lの水を運ぶのでは、当然後者の方が楽である。
心不全治療薬
○強心配糖体 : Na+-K+-ATPase阻害
○心筋細胞内 : cAMP増加
○心臓の負荷軽減
New York Association(NYHA)心機能分類と薬物治療
慢性心不全において、NYHA心機能分類の重症度と症状、使用する薬物は次のようになる。
心機能分類 |
症状 |
薬物治療 |
NYHA Ⅰ度 |
心疾患を有するが、通常の身体活動に制限がなく疲労、呼吸困難、狭心痛を生じない。 | ACE阻害薬 |
NYHA Ⅱ度 |
身体活動に少しの制限はあるが、安静にすると楽に生活できる。通常の身体活動で疲労、呼吸困難、狭心痛を生じる。 |
ACE阻害薬 |
NYHA Ⅲ度 |
身体活動に強い制限はあるが、安静にすると楽に生活できる。通常の身体活動以下で疲労、呼吸困難、狭心痛を生じる。 |
ACE阻害薬 |
NYHA Ⅳ度 |
心疾患を有しており、どのような身体活動でも苦痛を伴う。心不全、狭心症徴候が安静時にも認められる。 |
ACE阻害薬 |
心不全治療薬
・ジギタリス (強心配糖体)
ジギタリスは心筋細胞において、Na+-K+交換系(Na+-K+-ATPase) を阻害する。Na+-K+交換系はNa+を細胞外に、K+を細胞内に取り込むように働く。そのため、ジキタリスを投与すると細胞内のNa+濃度が上昇する。
この状態のままではNa+が細胞外に排出されないため、代わりの機能が働く。この代わりの機能がNa+-Ca2+交換系である。
Na+-Ca2+交換系は細胞内へNa+を取り込み、Ca2+を細胞外へと排出する。ただし、この交換機構は両方向に回転することが知られており、Na+を細胞外へ、Ca2+を細胞内へ取り込むようにも働く。
ジキタリス投与時ではNa+-Ca2+交換系が回転して働くことでCa2+が細胞内に流入し、Ca2+濃度を上昇させる。Ca2+は筋収縮力を増大させる働きがあり、このような作用によってジギタリス剤は強心作用を示す。
・心筋細胞内のcAMP量増加
心筋細胞内において、cAMPの量が増えれば心筋収縮力は改善される。そのため、心不全の治療には心筋細胞内においてcAMP量を上昇させるように働く薬を使用する。
上の図を見る限り、cAMP量を増やすには以下のような方法を思いつくことができる。
・β1受容体刺激
・ホスホジエステラーゼⅢ(PDEⅢ) 阻害
β1受容体刺激によってアデニル酸シクラーゼが活性化し、ATPからcAMPが産生される。このような作用をする薬にドパミン、ドブタミンがある。
また、cAMPはホスホジエステラーゼⅢ(PDEⅢ)によって分解される。そのため、ホスホジエステラーゼⅢ(PDEⅢ)を阻害することによってcAMPの作用時間を長くすることができる。これによって心筋収縮力を増大させる。このような薬にはアミノフィリン(商品名:ネオフィリン)、ミルリノン(商品名:ミルリーラ)がある。
・心臓の負荷軽減
心臓の負荷を軽減する薬物としては次のようなものがある。
○利尿薬
前述のとおり、血液量が多ければその分だけ心臓の負担が大きくなる。血液と言っても、そのほとんどは水分である。利尿薬はその名の通り利尿作用があり、水分をどんどん外に排出させる。これによって体内の血液量を減少させ、心臓の負担を減らすのである。
利尿薬は前負荷を軽減する働きがあり、フロセミド(ループ利尿薬、商品名:ラシックス)、スピロノラクトン(商品名:アルダクトン)などがある。
○アンジオテンシン変換酵素(ACE) 阻害薬
アンジオテンシンⅡは副腎皮質の受容体と結合することで、アルドステロンの分泌を促す。アルドステロンは腎臓での再吸収を促す。これによって水分量が増え、血圧が上昇する。
ACE阻害薬はアンジオテンシンⅡへの変換を阻害する。これによってアルドステロンの分泌が抑えられ、水の再吸収が抑えられる。なお、ACE阻害薬は血圧減少作用も併せもつ。
ACE阻害薬にはエナラプリル(商品名:レニベース)、カプトプリル(商品名:カプトリル)などがある。
○アンジオテンシンⅡ受容体遮断薬
アンジオテンシンⅡへの変換を阻害するのがACE阻害薬であるのに対し、アンジオテンシンⅡ受容体遮断薬はアンジオテンシンⅡの受容体への結合を阻害する。
アンジオテンシンⅡ自体が受容体に結合できなければ、アルドステロンが分泌されることはないのである。アンジオテンシンⅡ受容体遮断薬にはカンデサルタン(商品名:ブロプレス)、バルサルタン(商品名:ディオバン)などがある。
○α・β受容体遮断薬
ジギタリスのように、心不全患者に対しては心筋のポンプ機能を強めるように働く薬を使用する。そのため、β1受容体を遮断する作用をもつ薬は禁忌である。
しかし、これには例外がある。この例外がα・β受容体遮断作用をもつカルベジロール(商品名:アーチスト)である。
心不全患者では心臓が弱っている。そこに薬よって無理やり心臓を働かさせるため、よけい心臓が弱ってしまうという悪循環に陥ってしまう。これに対してカルベジロールが使用される。カルベジロールのβ遮断作用によって心臓の頑張りすぎを抑えるのである。
○硝酸薬
硝酸薬はNO(一酸化窒素) を放出し、血管を拡張させる作用をもつ。硝酸薬にはニトログリセリン(商品名:ニトロダーム)、硝酸イソソルビド(商品名:ニトロール)があり、前負荷・後負荷を軽減する。
○α型ヒト心房性ナトリウム利尿ペプチド
この薬物には名前の通り利尿作用がある。また血管拡張作用を併せもち、心臓の負担を減らす目的で心不全患者に使用される。
このような薬物としてカルペリチド(商品名:ハンプ)がある。
薬物名 |
商品名 |
作用機序 |
作用の特徴 |
ジギタリス | Na+-K+-ATPase阻害 |
心筋収縮量の増大 : |
|
ドパミン |
β1受容体受容体刺激 |
心筋収縮量の増大 : |
|
アミノフィリン |
ネオフィリン |
ホスホジエステラーゼⅢ(PDEⅢ)阻害 | |
フロセミド |
ラシックス |
利尿作用(前負荷の軽減) | 心臓の負荷軽減 |
エナラプリル |
レニベース |
アンジオテンシン変換酵素(ACE) 阻害薬 | |
カンデサルタン |
ブロプレス |
アンジオテンシンⅡ受容体遮断 | |
カルベジロール | アーチスト | α・β受容体遮断薬 | |
ニトログリセリン |
ニトロダーム |
血管拡張 | |
カルペリチド | ハンプ | 利尿作用・血管拡張 |
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