糖尿病と治療薬
糖尿病とは
糖尿病の患者ではインスリン分泌やインスリンの作用に異常がみられている。インスリンが効きにくいため、血糖値が高くなってさまざまな代謝異常がもたらされる。これが糖尿病である。
血糖値を上昇させる因子はさまざまなものがある。しかし、血糖値を低下させる因子はインスリンしか存在しない。そのため、糖尿病にとってインスリンはとても重要になるのである。
インスリンは次のような作用をする。
・グリコーゲン合成の促進
・筋肉細胞や脂肪細胞内へのブドウ糖の取り込み促進
インスリンはすい臓のランゲルハンス島のB(β)細胞から分泌される。なお、糖尿病の状態では、尿中から糖が検出される。
糖尿病の診断
WHOの糖尿病診断基準に以下のものがある。
・随時血糖値が200mg/dl以上
・空腹時血糖値が126mg/dl以上
・75g経口ブドウ糖負荷試験の2時間値が200mg/dl以上
ただし、直前に大量に飴やチョコレートでもかじれば血糖値は高くなってしまうし、何回分か食事を抜けば血糖値は下がってしまう。そのため、これらの基準はあまり正確とはいえない。
そのため、正確に糖尿病の診断をしたいときはHbA1cという検査が行われる。ヘモグロビン(Hb)は糖と結合して糖化ヘモグロビンとなる。HbA1cはこの糖化ヘモグロビンの量を調べるのである。
赤血球の寿命は約120日である。そのため、この検査では1~2ヵ月の血糖変化の平均を調べることができる。つまり、前日にいくら努力して血糖値を減らそうとしても無駄なのである。
HbA1cの値が6.5%以上で糖尿病と判断される。
インスリンの分泌機構
インスリンはすい臓のβ細胞から分泌されるが、すい臓β細胞にはグルコースを取り込むGLUT2という糖輸送担体が存在する。
GLUT2によって取り込まれたグルコースは解糖系、クエン酸回路によって代謝されてATPを産生する。ATP配給が増加すると、膜に存在するATP感受性K+チャネルに作用する。これによって、ATP感受性K+チャネルが閉じる。
ATP感受性K+チャネルが閉じることによってK+の動きがなくなるが、Na+はどんどん細胞内に流入してくる。これによって脱分極が起こる。
これが刺激となって電位依存性Ca2+チャネルが開き、Ca2+が細胞内に流入してくる。Ca2+が刺激となり、分泌小胞からエンドサイト―シスによってインスリンが分泌される。
糖尿病の分類
糖尿病には1型と2型があり、それぞれ原因が異なっている。
・1型糖尿病
1型糖尿病はインスリン依存性糖尿病であり、インスリン注射が必要不可欠である。つまり、治療にはインスリン注射しかない。1型糖尿病の場合、インスリンの分泌が低下しているのである。
これはB細胞の破壊によって起こるが、その原因としてはウイルス感染(ウイルスによって破壊)や自己免疫疾患などがある。
遺伝的要因は低く、25才以下の若年者に多い。また、肥満体質は関係ない。
・2型糖尿病
日本人の90%以上が2型糖尿病であり、遺伝的要因が高く、中年以降に多い糖尿病である。これはインスリン分泌の低下とインスリン感受性の低下によるものである。
インスリン感受性の低下とは、インスリンは血中に十分存在するが、細胞がインスリンを受け取りにくくなっている状態のことを指す。つまり、インスリンが細胞に作用しにくくなっているのである。
糖尿病の薬物治療
糖尿病の治療は基本的に食事療法と運動療法である。しかし、これらだけで血糖値をコントロールできなくなった場合、薬物が投与される。
薬物は次のような作用で効果を表す。
・インスリン分泌を促進させる
・腸管からの糖の吸収を抑制する
・インスリン抵抗性を改善させる
糖尿病の薬には次のようなものがある。
○スルホニル尿素(SU)薬 :
トルブタミド(商品名:ヘキストラスチノン)
グリベンクラミド(商品名:オイグルコン、ダオニール)
グリメピリド(商品名:アマリール)
○速効性インスリン分泌促進薬 :
ナテグリニド(商品名:スターシス、ファスティック)
○αグリコシダーゼ阻害薬 :
アカルボース(商品名:グルコバイ)
ボグリボース(商品名:ベイスン)
○ビグアナイド薬 :
メトホルミン(商品名:メトグルコ)
○チアゾリジン誘導体 :
ピオグリタゾン(商品名:アクトス)
○DPP4阻害薬:
シタグリプチン(商品名:ジャヌビア、グラクティブ)
アログリプチン(商品名:ネシーナ)
ビルダグリプチン(商品名:エクア)
○SGLT2阻害薬:
イプラグリフロジン(商品名:スーグラ)
○アルドース還元酵素阻害薬:
エパルレスタット(商品名:キネダック)
・スルホニル尿素薬(SU剤)
膵β細胞に存在するSU受容体に結合する。これによってK+チャネルを閉じさせ、Ca2+チャネル開口によりインスリンを分泌させる。
副作用に低血糖があるが、ショ糖やブドウ糖の摂取によって改善させる。
このように、SU受容体を刺激する薬としてトルブタミド(商品名:ヘキストラスチノン)、グリベンクラミド(商品名:オイグルコン、ダオニール)、グリメピリド(商品名:アマリール)などがある。
・速効性インスリン分泌促進薬
スルホニル尿素薬と同じ作用であり、SU受容体に結合することでインスリン分泌を増加させる。インスリン分泌作用はスルホニル尿素薬よりも短時間である。
このような速効性インスリン分泌促進薬として、ナテグリニド(商品名:スターシス、ファスティック)などがある。
・αグルコシダーゼ阻害薬
糖は二糖類のままでは腸から吸収されず、単糖類まで分解する必要がある。このような、二糖類を単糖類へ分解する酵素にαグルコシダーゼがある。αグルコシダーゼ阻害薬はこの酵素を阻害することで、糖の吸収を抑制する。
SU剤との併用で低血糖が起きやすく、実際に低血糖が起きた時の対処として単糖類であるブドウ糖の摂取がある。
ショ糖は二糖類であり、αグルコシダーゼによって単糖類へ変換することが出来ないため、ショ糖を摂取しても低血糖症状を改善することは出来ない。
このように、αグルコシダーゼを阻害する薬としてアカルボース(商品名:グルコバイ)、ボグリボース(商品名:ベイスン)がある。
・ビグアナイド薬
インスリン抵抗性改善薬である。肝臓での糖新生の抑制、糖の吸収抑制によって血糖降下作用を示す。食欲を抑える効果もある。
ビグアナイド薬としては、メトホルミン(商品名:メトグルコ)などがある。
・チアゾリジン誘導体
インスリン抵抗性改善薬である。肝臓での糖新生の抑制、筋肉・脂肪組織での糖利用促進によって血糖降下作用を示す。
二型糖尿病では、インスリンが体内にたくさん存在していたとしても、そのインスリンが作用しにくくなっている。この状態がインスリン抵抗性である。
そこで、インスリン抵抗性を改善することによってインスリンの効き目を増強し、糖尿病を改善することが出来る。
このようなチアゾリジン誘導体としてはピオグリタゾン(商品名:アクトス)などがある。
・DPP-4阻害薬
インスリンは食事を取ることによって分泌される。このインスリンの分泌に関わる「食事の摂取」という刺激であるが、消化管で産生されるインクレチンというホルモンが大きく寄与している。
インクレチンはインスリン分泌に関わっているが、食事を取っていない空腹時にはインクレチンは分泌されず、インスリンへ影響しない。つまり、インクレチンは高血糖時においてのみインスリン分泌を促す。インスリン濃度が正常な時、インクレチンは分泌されないためインスリン濃度に影響することはない。
なお、インクレチンは「高血糖時において、血糖値を低下させる消化管ホルモン」の総称であるが、このホルモンとしてGLP-1やGIPがある。
このインクレチン(GLP-1とGIP)はいずれもDPP-4(ジペプチジルペプチターゼ-4:Di Peptidyl Peptidase-Ⅳ)という酵素によって分解される。つまり、DPP-4の機能を止めてしまえば、インクレチンが分解されにくくなる。
これにより、インクレチン濃度が上昇し、インスリン分泌が促進される。結果として、糖尿病の症状を改善することが出来る。
このようなDPP-4阻害作用を示す薬としてシタグリプチン(商品名:ジャヌビア、グラクティブ)、アログリプチン(商品名:ネシーナ)、ビルダグリプチン(商品名:エクア)などがある。
DPP-4阻害薬は高血糖時にのみ分泌されるインクレチンに作用する。食事前など血糖値が低い場合であると、そもそもインクレチンが分泌されていない。そのため、たとえDPP-4阻害薬が体内に存在していたとしても、阻害するインクレチンがないため、血糖値への影響は少ない。
この理由により、DPP-4阻害薬は単剤投与においては副作用としての低血糖が表れにくいとされている。
・SGLT2阻害薬
正常な状態であると、尿中から糖が検出されることはない。しかし、糖尿病であると血糖値が高すぎるために尿中から糖が検出されてしまう。これは、尿細管での糖の再吸収が間に合っていないために起こる。
ただし、糖尿病で実際に問題となるのは「血液中の糖濃度が高いために糖による毒性が表れてしまう」という状態である。そのために血糖値を下げるように糖尿病の薬は働くのである。
前述の通り、通常では尿中から糖の再吸収が起こっている。そのため、この糖の再吸収を阻害することができれば、血糖値を下げることができるはずである。この考えに基づいて創出された薬がSGLT2阻害薬である。
尿細管の中でも、糖の99%は近位尿細管で再吸収される。この時の再吸収を行う輸送単体がまさにSGLT2である。つまり、SGLT2を阻害することができれば、結果として近位尿細管での糖の再吸収が抑制され、血糖値が下がっていくのである。
なお、SGLTには主にSGLT1、SGLT2、SGLT3の三つが存在する。その中でも、近位尿細管での糖の再吸収に関わる主役がSGLT2なのである。
SGLT2阻害薬は尿の中に含まれる糖を増やすが、この作用によって血液中の糖濃度を抑えることができる。
なお、SGLT2阻害薬の作用機序が「尿中の糖濃度」を増やすことにあるため、副作用として「感染症の危険性が高まる」などが予想できる。特に女性は尿道が短いために膀胱炎などの感染症を引き起こしやすいとされている。
・アルドース還元酵素阻害薬
糖尿病の合併症として「腎症」、「網膜症」、「神経障害」がある。この合併症の一つである糖尿病性末梢神経障害を改善する薬があり、この薬がエパルレスタット(商品名:キネダック)である。
ソルビトールは糖の一種であり、高血糖が持続する糖尿病患者ではソルビトールが体内に蓄積しやすくなる。これによって末梢神経障害が起こる。
なぜソルビトールが体内に蓄積するかであるが、これにはアルドース還元酵素が関わっている。アルドース還元酵素は高血糖状態において、余分なグルコースをソルビトールに変換してしまう。これによってソルビトールの蓄積が促進されるのである。
エパルレスタットはアルドース還元酵素阻害薬であり、ソルビトールの産生を阻害する。これによって糖尿病性末梢神経障害を改善する。
薬物 |
商品名 |
副作用 |
服用の注意点 |
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スルホニル |
トルブタミド | ヘキストラスチノン | 低血糖 |
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グリベンクラミド |
オイグルコン |
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グリメピリド | アマリール | |||
速効性インスリン |
ナテグリニド |
スターシス |
低血糖 |
食直前に服用 |
αグリコシダーゼ |
アカルボース | グルコバイ |
放屁増加 腹部膨満感 |
食直前に服用 |
ボグリボース | ベイスン | |||
ビグアナイド薬 | メトホルミン | メトグルコ | 乳酸アシドーシス |
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チアゾリジン誘導体 | ピオグリタゾン | アクトス |
体重増加 肝障害 |
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DPP-4阻害薬 | シタグリプチン |
ジャヌビア |
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アログリプチン | ネシーナ | |||
ビルダグリプチン | エクア | |||
アルドース還元 |
エパルレスタット | キネダック | 肝障害 |
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