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役に立つ薬の情報~専門薬学

認知症と治療薬

 

 認知症
認知症患者は脳の中が変化しており、これによって知能の低下が起こる。

 

認知症は、大脳の障害によって起こる。大脳は記憶・判断・知覚・感情などの精神活動に関係しているが、この機能が障害されてしまうため、知能にも影響してくるのである。認知症では特に、記憶に関係している海馬の萎縮が早期から起こる。

 

病変としては、まず最初に脳の変化が起こる。これによって物忘れが起こり、日常生活にまで支障が出てしまう。認知症の初期における特徴としては、最近の出来事(短期記憶)が障害されるが、認知症を発症する前に起きた出来事(長期記憶)は残っている点である。

 

・加齢による物忘れと認知症の違い
加齢によっても物忘れが起こるが、これらの物忘れは認知症とは異なった状態をとっている。

 

例えば、何年ぶりかのスーツが居間に掛けられているとする。なぜ自分のスーツが出されているのかを確かめるために家族に聞いたら、「今日は孫の卒業式だ」と答えが返ってきたとする。

 

このとき加齢による物忘れなら、「ああ、そういえば」と孫の卒業式のために、自分が昨日スーツを押し入れから出した事を思い出し、スーツは着始める。このように、ヒントを与えれば簡単に思い出すことができ、体験の一部分だけを忘れていることが特徴である。

 

それに対し認知症の場合では、孫の卒業式のためにスーツを引っ張り出したこと自体を完全に忘れている。このように、体験の全てを忘れてしまうことが認知症の特徴である。

 

単なる加齢の場合は新しいことを覚え込むことができ、きっかけさえあれば思い出すこともできる。しかし、認知症の場合は新しい情報を覚えることが困難になってしまう。

 

 中核症状と周辺症状
認知症には「必ず発生する中核症状」と「人によって出たり出なかったりする周辺症状」の二つの症状がある。

 

中核症状としては、以下のようなものがある。

 

・記憶障害
 「直前の事を忘れる」、「同じことを何回も言う」、「忘れ物を何回もする」

 

・見当識障害
 「今がいつなのか(時間・季節の感覚がなくなる)」、「今どこにいるのか(道順の感覚がなくなる)」

 

・判断力の低下
 「真夏にセーターを着る」、「考えるスピードが遅い」

 

このような中核症状に対し、周辺症状としては「抑うつ状態」、「依存」、「不安」、「攻撃的行動」、「幻覚」、「妄想」、「睡眠障害」、「徘徊」などがある。周辺症状の出方は人によって異なる。

 

   中核症状と周辺症状

 

なお、初~中等度の認知症患者の場合、物忘れがあっても自分自身でいろいろと行うことができる。考えることもできる。要は、それらをスムーズに行えるように周りの人が手助けすれば良い。

 

認知症の中核症状は治らないが、周辺症状はその人に対する接し方によって症状が大きく異なってくる。つまり、周辺症状は日々のストレスによるものが大きい。

 

認知症患者は「忘れること」によって、日々の大きな不安を抱えている。これに、周囲からの好意・やさしさが加わると、「安心感」を得ることができる。認知症患者にとって、この「受け入れられている」という安心感が重要なのである。これにより、周辺症状を抑えることができる。

 

 認知症の進行と症状

 

 

 認知症の種類
認知症は「アルツハイマー病」、「レビー小体病」、「脳血管性認知症」の三つに大きく分けられる。

 

・アルツハイマー病
認知症の約50%がアルツハイマー病によるものである。アルツマイマー病では、「老人斑」と「神経原線維変化」の二つの特徴的な構造的変化が起こっている。

 

老人斑とは、大脳皮質に沈着するタンパク質の塊のことである。このタンパクはアミロイドベータ(Aβ)という異常なタンパク質が凝集したものであり、これが老人斑を形成して脳にシミのようなものをつくる。アルツハイマー患者では多量の老人斑が沈着している。

 

アミロイドベータの産生であるが、その前段階のタンパク質であるアミロイド前駆体蛋白がβセクレターゼという酵素によって切断される。βセクレターゼによって分解されたアミロイド前駆体蛋白はその後、γセクレターゼによって切断され、アミロイドベータが産生される。

 

また、アルツハイマー病では神経細胞の中に糸くずのようなものが蓄積する。これが、神経原線維変化のことである。神経原線維変化は、リン酸化されたタウタンパクと呼ばれるタンパク質が凝集することで起こる。

 

・レビー小体病
レビー小体病の特徴としては、大脳皮質にレビー小体というタンパク質の塊が現れることにある。高齢者に多くみられるが、40代の比較的若い人でも発症する。

 

幻覚を見たり、妄想が表れることも特徴であり、記憶障害と共にパーキンソン病のような運動障害症状を示す。

 

・脳血管性認知症
脳血管性認知症の原因としては、脳梗塞や脳出血の多発によるものが70%以上を占める。これら、脳血管が詰まったり脳血管が破れて出血したりすることで、脳の働きが悪くなる。これによって、認知症が引き起こされる。

 

アルツハイマー病やレビー小体病のように少しずつ病気が進行するのではなく、脳血管障害の発作が起こることで段階的に症状が悪化する。そのため、脳血管障害の発作を予防することで認知症の悪化を防ぐことができる。

 

 

 アルツハイマー治療薬
アルツハイマーの治療薬には、「コリン仮説」と「グルタミン酸仮説」の二つの仮説に基づいた医薬品が使用されている。以下に、それぞれの仮説に則った薬を紹介する。

 

・コリン仮説
アルツハイマーでは脳内での神経伝達物質が減少している。この神経伝達物質の一つとしてアセチルコリン(ACh)があり、アルツハイマー病はアセチルコリンが著しく減少しているという仮説に基づいて治療薬が開発されている。これが、コリン仮説である。

 

つまり、脳内のアセチルコリン量を増やすことができれば、アルツハイマー病治療薬となる。

 

アセチルコリンを分解する酵素としてコリンエステラーゼ(ChE)がある。コリンエステラーゼにはアセチルコリンエステラーゼ(AChE)ブチリルコリンエステラーゼ(BuChE)の二つがある。これらのコリンエステラーゼを阻害し、その結果としてアセチルコリン量を増やすことでアルツハイマー病を治療する。

 

アセチルコリンエステラーゼ(AChE)を阻害作用によるアルツハイマー病治療薬として、ドネペジル(商品名:アリセプト)がある。ドネペジルは日本人が開発した、世界で最初のアルツハイマー病治療薬である。

 

 ドネペジル(アリセプト)の作用機序

 

また、アセチルコリンエステラーゼ(AChE)とブチリルコリンエステラーゼ(BuChE)の二つを阻害するアルツハイマー病治療としてリバスチグミン(商品名:イクセロンパッチ、リバスタッチパッチ)がある。リバスチグミンは小分子であり、貼り薬として利用されている。

 

 リバスチグミン(イクセロンパッチ、リバスタッチ)の作用機序

 

他にも、コリン仮説によるアルツハイマー治療薬としてはアセチルコリンエステラーゼ(AChE)阻害作用に加えて、アセチルコリン受容体の作用を増強する薬がある。このような薬として、ガランタミン(商品名:レミニール)がある。

 

アセチルコリン受容体にはムスカリン受容体とニコチン受容体がある。このうち、ガランタミンはニコチン受容体の感受性を増強する(APL作用) 。

 

つまり、ガランタミンはアセチルコリンエステラーゼ阻害による「アセチルコリン量を増やす作用」とニコチン受容体の感受性増強による「シグナルの伝達増加作用」の二つの側面をもつ。

 

ニコチン受容体は前膜と後膜にそれぞれ存在するが、ガランタミンは前膜において「アセチルコリン放出促進」、後膜では「シグナル伝達増加」の作用を示す。

 

 ガンタミン(レミニール)の作用機序

 

・グルタミン酸仮説
グルタミン酸は脳内における興奮性のシグナル伝達物質である。このグルタミン酸の受容体にはいくつか種類があるが、その一つとしてNMDA受容体がある。

 

NMDA受容体は海馬などに分布しており、記憶や学習に関わっている。そして、アルツハイマー病の患者ではこのNMDA受容体が減少している。

 

ただし、NMDA受容体が減少しているからといって「NMDA受容体を活性化させれば、アルツハイマー病治療薬になる」という訳ではない。

 

アルツハイマー病が進行することによってNMDA受容体の数自体は減少するが、異常蛋白によって受容体は常に刺激された状態となる。これにより、アルツハイマー患者ではシナプス間隙のグルタミン酸濃度が常に高くなってしまうのである。

 

グルタミン酸濃度が高くなることによって、細胞内にCa2+(カルシウムイオン)が過剰に流入する。これによって、神経細胞の障害が起こる。

 

また、NMDA受容体が常に活性化されているため、記憶に関わる正常なシグナルが覆い隠されてしまう。これによってシグナルのノイズが起こり、記憶や学習機能が障害されてしまう。

 

そこで、グルタミン酸仮説によるアルツハイマー治療薬としては、NMDA受容体の拮抗薬が使用される。このような薬としてメマンチン(商品名:メマリー)がある。

 

メマンチンはNMDA受容体を遮断することで、グルタミン酸の異常な入流を防ぐ。この結果、グルタミン酸濃度が常に高い状態がなくなり、「Ca2+過剰流入による神経障害」や「シグナルノイズによる記憶・学習機能の障害」が改善される。

 

なお、メマンチンはNMDA受容体に対して弱い阻害作用を示す。これにより、NMDA受容体の異常な活性化のみを防ぎ、正常なシグナルのみを伝えることができる。

 

 メマンチン(メマリー)の作用機序

 

メマンチンは異常な受容体の活性化に対してはCa2+の流入を抑える。それに対し、正常なシグナル伝達のような強い脱分極条件下では、メマンチンは素早く受容体から解離する。NMDA受容体を強く阻害すると正常なシグナル伝達まで阻害してしまうが、弱いNMDA受容体阻害作用を示すメマンチンでは正常なシグナルまで影響を与えない点が特徴である。

 

これが、メマンチンがアルツハイマー治療薬となる理由である。

 

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