白血病の歴史を変えたグリベック
命とお金ではどちらが大切か
お金が全てではないとはいっても、やはりお金がなければ生きていくことはできません。医療を受けるためにはお金がどうしても必要ですし、病気の種類によっては薬を服用することでようやく生き長らえることもあります。
一方、日本の医療費は膨れ上がっているため、医療費を減らすための対策がいくつも取られています。例えば、ジェネリック医薬品は薬代を節減できるため、これを活用することも有効です。
ジェネリック医薬品の種類によっては注意しなければいけない場合がありますが、問題の起こるケースは少ないです。医療費削減や患者負担額の軽減などを考えると、ジェネリック医薬品の使用を進めて行かなければいけません。
ただ、このようなお金が関わる話になると、よくある究極の選択として「お金持ちであるが、性格や顔が悪い人」と「性格も顔も良いが貧乏な人」ではどちらと結婚するか、という質問があります。この時、質問文を変えて「命とお金ではどちらが大切か」と聞かれれば、多くの人が「命」と答えるはずです。
しかし、実際の現場では命とお金をてんびんにかける人がいます。この事実を知り、お金に関わる医療問題を考えていきたいと思います。今回、まずはグリベック(一般名:イマチニブ)と呼ばれる抗がん剤に焦点を当てていきます。
白血病の歴史を変えた新薬
一つの医薬品が開発されることで、それまでの治療法が大きく変わってしまうことがあります。かつては死の病気であった糖尿病がこの一例ですが、これと同じことが白血病にもいえます。
白血病は血液のがんといわれています。白血球は血液成分の一つであり、白血病患者では白血球の数が異常に増えています。
血球(赤血球、白血球、血小板など)は骨髄で作られます。骨髄の中で血球を作る細胞ががん化してしまうと、白血病を発症します。白血病では感染症に罹りやすくなったり、発熱や息切れ、倦怠感などの症状が表れたりします。
白血球が多くなったとしても、通常であれば「感染症に対抗するための免疫細胞が増えるだけなので問題ないのでは?」と思ってしまいますが、実はそうではありません。白血病など、がん細胞から作り出される白血球は機能が不完全であり、感染症に対抗するための機能が不完全なのです。
また、機能しない白血球の割合が増えることで、本来作られるべき赤血球や血小板の数が減ってしまいます。その結果、貧血が引き起こされ、出血しやすくなります。このようにして、白血病によってさまざまな障害が表れるようになります。
白血病は患者数が少なく、専門の病院で治療を受けなければいけません。白血病にもさまざまな種類がありますが、その中でも慢性骨髄性白血病に対して使用される薬が冒頭で述べたグリベックです。
慢性骨髄性白血病は年に約1200人が発症する稀な血液がんです。かつては不治の病と言われ、死亡率100%の病気でした。平均的な生存年数は4~5年であり、数年かけて病気が進行していくことによって10年ほどで全員が亡くなります。
代表的な治療法として骨髄移植が知られており、これはがん化した骨髄を正常な骨髄と入れ替える方法です。治療に成功すれば、病気から完全に立ち直ることができます。
しかし、骨髄移植を行うためには前処置として大量の抗がん剤を投与したり、放射線を浴びせたりしなければいけません。この副作用によって感染症を起こしやすくなりますし、「移植された骨髄細胞が臓器障害を生じさせる」などの合併症の危険性もあります。
さらにいえば、骨髄移植しても血球細胞が増えてくれないこともあります。
このような肉体的な負担もあり、全身状態が良好で臓器機能が正常な方であれば「65歳までは臓器移植が施工可能である」と考えられています。ただし、白血球の型が一致しなければいけないため、骨髄を提供してくれるドナーを見つけるのは簡単ではありません。
また、従来の治療薬としてインターフェロンという薬が使用されてきました。しかし、治療効果は全体の10~20%程度であるなど、必ずしも効果が高いとはいえませんでした。
副作用も問題であり、インターフェロンは風邪などの感染症にかかったときに作られる物質です。そのため、風邪の時と同じように、インターフェロンの投与によって微熱や筋肉痛、全身倦怠感などの症状が副作用として表れます。
そのような中、グリベックが登場したことで慢性骨髄性白血病の治療方法が一変しました。それまでは骨髄移植などの方法でしか治療できなかった病気でしたが、グリベックを服用することで白血病の症状を抑え込むことができるようになりました。
グリベックによる効果
米国血液学会では「グリベックを使用した場合、7年目の全生存率は86%であった」と報告されています。インターフェロンによる7年目の生存率が36%であったことを考えると、グリベックの効果の高さがうかがえます。
副作用もインターフェロンに比べて少なく、薬を服用し続けたとしても日常生活が送れるほどに軽減されています。これは、それまでの抗がん剤とは作用メカニズムが異なるためです。
従来の抗がん剤といえば、「活発に細胞分裂を行う細胞」を障害することでがん細胞を破壊していました。がん細胞は無秩序に細胞増殖を繰り返すことが知られているため、細胞分裂を活発に行う細胞をターゲットとしていました。
そのため、正常細胞の中でも比較的細胞分裂が活発な細胞は抗がん剤によって副作用が起こりやすかったのです。例えば、生殖器細胞(睾丸、卵巣など)や腸の細胞は細胞分裂が活発です。そのため、これらの臓器は抗がん剤による副作用が発生しやすいです。
また、抗がん剤投与によって脱毛が起こるのは有名な話ですが、これは髪の毛も細胞分裂が他の臓器に比べて活発であるためです。
それに対して、グリベックは分子標的薬と呼ばれる種類の薬です。
従来の抗がん剤ように、正常細胞とがん細胞を区別せずに「細胞分裂を活発に行う細胞」を無差別に攻撃するのではなく、がん細胞だけに存在する特徴的な物質を標的としています。正常細胞にまで影響を与えにくいため、副作用を軽減することにも成功しています。
また現在では、グリベックによる副作用のために服用が困難であったり、治療効果が不十分であったりする場合、グリベックに変わる効果の高い薬も開発されています。これによって、より良好に慢性骨髄性白血病の治療を行うことができるようになりました。
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