役に立つ薬の情報~専門薬学 | 薬・薬学・専門薬学・薬理学など

役に立つ薬の情報~専門薬学

予防的抗菌薬の投与:外科手術前と手術部位での選び方

 

原則、抗菌薬(抗生物質)は感染症を治療するために用いられます。つまり、実際に体内で細菌が増えることで悪さをしているときに抗菌薬を投与するのです。これにより、感染症から立ち直ることができます。

 

ただ、中には感染症の予防を目的として抗生物質を使用することがあります。これを、予防的抗菌薬投与といいます。特に外科的な手術を行う際は、感染症予防のために抗菌薬を使用するのが有効であるとされています。

 

 予防的抗菌薬投与の意義
手術をしたあと、感染症を発症することを術後感染症といいます。術後感染症では、手術中に原因菌へ感染することで発症することが多いです。これを防ぐため、あらかじめ抗菌薬を投与することで感染症の発症を防ぐのです。

 

もちろん、薬を投与すれば無菌状態にできるわけではありません。いくら抗生物質を活用したとしても、細菌に感染してしまうことはあります。ただ、外科手術の前に抗生物質を使用しておけば、免疫によって感染症を抑えられるレベルに保つことが可能になります。

 

ここに、予防的抗菌薬投与の意味があります。無菌状態によって感染症を確実に防ぐことはできないものの、感染症を発症する確率を抑制できるのです。

 

 手術部位と抗菌薬の選び方
臓器が異なれば、原因菌が異なります。つまり、手術部位が違えば、術後感染症を引き起こす細菌が違ってきます。例えば、皮膚や血管ではブドウ球菌が原因菌になることがほとんどです。皮膚には黄色ブドウ球菌などが常に存在しているからです。

 

他にも、直腸や肛門などであれば、腸内に生息するグラム陰性桿菌や嫌気性菌などが原因になりやすいです。手術部位に生息している細菌を見極めれば、どのような抗菌薬を使用すればいいのか理解できます。

 

そのため、予防的抗菌薬投与で広域スペクトルの抗菌薬(あらゆる細菌に効果を示す薬)を使用することはありません。手術場所によって術後感染症の原因菌を特定できるため、狭域スペクトルの抗菌薬(特定の細菌にのみ効果を示す薬)を活用します。

 

以下に、手術部位によって変わる汚染菌について記します。

 

手術

予想される細菌

皮膚、軟部組織、血管、神経、呼吸器系外胸部、心臓、人工補綴、甲状腺、乳腺 黄色ブドウ球菌、表皮ブドウ球菌
眼科 黄色ブドウ球菌、表皮ブドウ球菌、連鎖球菌、グラム陰性桿菌
頭頸部(鼻腔、咽頭、食道など) 黄色ブドウ球菌、連鎖球菌、咽頭系嫌気性菌
胃、十二指腸、小腸 ブドウ球菌属、連鎖球菌、グラム陰性桿菌、咽頭系嫌気性菌
虫垂、結腸、直腸、肛門 グラム陰性桿菌、嫌気性菌、ブドウ球菌属
肝、胆道、膵 グラム陰性桿菌、嫌気性菌、ブドウ球菌属
産婦人科 グラム陰性桿菌、腸球菌、B群連鎖球菌、嫌気性菌
泌尿器科 グラム陰性桿菌

※品川長夫:術後感染防止のための抗菌薬選択.Jpn J Antibiot(2004)57,11-32.

 

なお、術後感染では、手術中の操作によってその部位が感染する「手術部位感染」と手術部位とは無関係の場所が感染する「遠隔部位感染」の2種類があります。予防的抗菌薬投与では遠隔部位感染を予防することはできず、手術部位感染の防止に対して行われます。

 

 投与のタイミング
実際に予防的抗菌薬投与をする場合、手術の30~60分前に抗菌薬を使用します。あらかじめ投与する理由としては、実際に手術をしているときに薬の血中濃度を高めておく必要があるからです。皮膚を切開したあとに薬を服用したとしても、予防効果は乏しいことが分かっています。

 

また、60分以上の時間を空けてしまうと、手術時には既に血中濃度が下がってしまっている恐れがあります。そのため、この場合も予防効果が落ちます。

 

ただし、バンコマイシンなど薬によっては長い時間をかけて投与すべき抗菌薬があります。この場合は手術120分前などから投与することがあります。

 

なお、予想外に手術時間が長くなってしまった場合、手術中に抗菌薬の追加投与が行われます。このときの投与タイミングは「手術の開始時間」から考えるのではありません。「手術前に抗菌薬を投与した時間」から計算して薬を投与します。

 

スポンサードリンク



スポンサードリンク