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役に立つ薬の情報~専門薬学

赤外吸収(IR)・ラマンスペクトル

 

 振動スペクトル
分子はその分子内に単結合や二重結合などの強さの異なる結合をもつ。さらに、それぞれ異なる重さの原子を含んでいる。

 

原子同士の結合は鉄の棒みたいにがっちりと固定されているようなものではない。原子同士の結合はバネみたいなものであり、伸びたり縮んだりしている。つまり、分子は振動しているのである。このような分子の振動状態を読み取る方法をとるのが赤外吸収スペクトル(IR法)ラマンスペクトルである。

 

 分子振動とは
それでは、分子が振動しているとはどういうことだろうかか。例えば、水(H2O)の振動を見てみると下のように原子同士が振動していることになる。

 

 分子振動

 

この振動はただ単に原子同士が縦に伸び縮みしている伸縮振動である。実はこれらの振動以外にもさまざまな振動のパターンがある。なお、下の図のように、結合角が動いているのを変角振動という。

 

 分子振動

 

このように分子は伸縮振動と変角振動をしており、これらの振動が混じり合っている。そのため、分子の振動は複雑な振動をしているが赤外吸収やラマンスペクトルは振動を分けて測定できる。

 

次に振動の状態を考えてみる。前述した通り、原子同士の結合はバネみたいに伸び縮みしている。ここでは、下のように二つの球(原子)がバネ(結合)によって結ばれているモデル(二原子分子)について考えてみる。

 

 バネ状態の分子

 

このときの振動数(ν)は次の式で表すことができる。

 

 計算式 -Ⅰ式

 

Kは力の定数であり、分かりやすく言えばバネの強さ(結合の強さ)である。μは球(原子)の重さを次の式で表したものである。

 

 計算式

 

式をみて分かるように球の重さが大きくなるとμの値も大きくなる。

 

当たり前であるが、振動数(ν)の値が大きくなればなるほどバネの振動する回数が増える。つまり、振動エネルギーが大きくなる。Ⅰ式を見れば結合の強さが大きければ大きいほど、または原子の重さが軽ければ軽いほど振動数(ν)の値が大きくなることが理解できる。

 

しかし、よく考えてみればこれは当然のことである。例えば、「天井にバネを吊り下げて重りをつけている状態」を思い浮かべてほしい。

 

 天井にバネを吊り下げて重りをつけている状態

 

同じバネに10kgと10gの重りをそれぞれ取り付けた後、同じ力で引っ張って離すと10gの重りをつけたバネの方が素早く振動するはずである。また、同じ重さの重りでも物体を引っ張る力がより強いバネの方が素早く振動する。

 

それでは、二重結合しているアルケン(-C=C-)と三重結合しているアルキン(-C三C-)ではどちらの方が振動数の値が大きいだろうか。当然、三重結合の方が結合が強いのだからアルキンの方が振動数は大きい。

 

 振動の自由度
分子振動の数(自由度)は一個の原子につき(x軸、y軸、z軸)の三方向があると考えると、n個の原子を持つ分子の自由度は3nとなる。しかし、実際の自由度は3n-6(直線分子では3n-5)となる。なぜ3nから6(または5)を引かないといけなのだろうか。

 

これは「同じ振動をしている場合」を除くためである。同じ振動している分子が平行移動しても回転しても「同じ振動をしている」と言うことができる。

 

 振動の自由度

 

三次元空間で分子の位置を規定する場合、重心の位置を決定すればよい。重心の位置を決めるには(x軸、y軸、z軸)のそれぞれ三個の数値が必要である。また、回転では自由度 (x軸、y軸、z軸)の三つの軸の回転を定めればよい。つまり、3n-6ということになる。

 

ただし、直線分子の場合は回転を定めるときに二つを定めればよい。

 

 赤外吸収スペクトル法(IR法)
赤外吸収スペクトルは簡単に利用でき、物質の同定や定性、構造分析などに利用されている。IRスペクトルの縦軸は透過率(%)T、横軸は波数(cm-1)で表す。

 

赤外吸収スペクトルは分子内の全ての振動エネルギーが関係してくる。そのため、スペクトルの形は複雑である。しかし、全ての分子振動が赤外線を吸収するとは限らない。

 

IR法では非常に似ている構造の分子でも異なるIRスペクトルを得ることができる。構造が少し違うだけでも識別できるため、分子構造の同定に用いることができる。特に650~1300cm-1の低波数領域は指紋領域と呼び、わずかな構造の差も反映する。

 

IR法では一部の原子・原子団の種類を知ることができる。IR法で知ることのできる原子団は「O-H、N-H、C=O」だけである。他の原子・原子団は吸収帯が重なるので、それだけを識別することはできない。

 

・O-Hの吸収
-OHは3300cm-1付近に強い吸収が見られる。ただしカルボン酸も-OHをもっており、この場合は3300cm-1付近の吸収が幅広くなる。

 

・N-Hの吸収
-NHも3300cm-1付近に強い吸収が見られる。-NHと-OHとの見極めは、-NHの方が鋭いピークというだけである。

 

またR-NH2は3300cm-1付近に2本のピーク、R2-NHは1本のピークがでる。R3-Nはピークがでない。レアケースであるが、 は3000cm-1付近を中心に複雑で幅広い吸収が見られる。レアケースと言っても は薬に多いので、薬学にとっては重要である。

 

・C=Oの吸収
C=OはIRスペクトルで特異的に判別でき、IRスペクトルで最も重要な原子団がC=Oである。IRスペクトルで1650~1800cm-1の間には-C=Oしか表れない。

 

C=Oは1700cm-1が基準であるが、アミドでは1650cm-1付近にスペクトルが表れる。医薬品にはアミドがとても多いので、薬学では重要である。また、アミドではピークが2本でる。

 

・赤外分光装置
現在ではフーリエ変換型赤外分光が主流である。

 

赤外透過材質
赤外線はガラスを透過することができない。そのため、セルにはガラス以外のものが使われなければならない。IR法に使われるセルはKBrやNaClなどが一般的である。

 

測定法
測定法には錠剤法が主に使用されており、一般的である。錠剤法にはKBrやKClなどを使用する。これはKBrなどに圧力をかけると透明な板となる性質があるからである。

 

 目盛補正
赤外吸収スペクトルが示す波数は必ずしも正確であるとは限らない。もしかしたら少しずれているかもしれないのである。赤外吸収スペクトルには標準物質があり、この標準物質のスペクトルを比較して波数を補正する。

 

標準物質は主にポリスチレンが使われる。

 

 ラマンスペクトル法
ラマンスペクトルは発光スペクトルであり、振動スペクトルである。物質にある振動数の光を照射したとき、散乱した光の中に振動数が変化した光が含まれる事がある。これをラマン散乱と呼び、このときに出てくる振動数の異なる光をラマン光という。

 

ラマンスペクトルでは横軸はIR法と同じように波数(cm-1)で表し、縦軸はラマン強度が目盛られる。

 

ラマン散乱が起こるのは、基底状態のエネルギーと散乱光を出した後のエネルギー状態が異なるからである。変化した振動数は分子の振動エネルギー(振動数)に等しい。そのため、赤外吸収スペクトルと同じように、化学構造の情報を得ることができる。

 

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