▽本書にかける思い
薬のお世話にならない人はまずいません。
ふだん、薬を飲まない方であっても、
湿布、うがい薬などを使用することでしょう。
これらも薬です。
風邪をひいたとき、頭痛のとき、腰や膝に痛みが走ったとき、
花粉症やアトピー性皮膚炎などのアレルギー症状が出たとき、
私たちは薬に頼って痛みや症状を緩和させます。
日々の生活を営むうえで薬は欠かせない存在です。
しかし、「自分は薬の性質をよく知っている」という人はどれくらいいるでしょうか。
「医師の言われるがまま、何も考えずに服用している」
という方が大多数ではないでしょうか。
薬を服用するうえで、
・そもそも、薬って一体どういう物質なのか?
・風邪薬は風邪を治さない?
・頭痛薬によって頭痛が悪化する?
・いくつもの薬を飲むと飲み合わせが起こるのはなぜか?
・個体差や人種差はなぜ起こるのか?
・妊婦が薬を服用するときに注意すべき点はないか?
・ジェネリック医薬品の利点と欠点は?
このような身近な疑問を感じたことはないでしょうか。
本書では、これらのちょっとした疑問に答えていきます。
「薬とは何か」という基礎的な概念を理解し、自分自身だけでなく、
家族が服用する薬への理解を深めるためのツールとして
本書を活用していただければ幸いです。
▽多くのメディアで本書が紹介・活用されています
2014年3月8日
朝日新聞社 土曜日版be(全国800万部)
2014年4月27日~28日
RSK山陽放送(朝まるステーション1494!)
2014年2月17日~21日
産業経済新聞社(夕刊フジ:5日間連載)
2014年7月
某予備校の全国模試で出題
▽本書の一部を立ち読み
薬は病気を治さない(第一章 P.20~21)
医療に携わっている人であれば常識かもしれませんが、薬というものは本来、病気を根本 から治すものではありません。薬とは、「病気の症状を抑える物質」と理解した方がいいでしょう。
例えば、糖尿病治療薬を服用しても、糖尿病が完全に治るわけではありません。確かに、この治療薬は血糖値(血液中に含まれる糖)を下げることができるため、糖尿病による症状 を抑えることはできます。しかし、症状を抑えることはできたとしても、糖尿病から完全に解放されるわけではありません。薬の服用を止めると血糖値は再び上昇し、体は元の状態に戻ってしまいます。これは高血圧治療薬でも同様です。
このように、病気を根本的に治療する薬というのは世の中にはほとんど存在しません。先に挙げた糖尿病や高血圧の治療薬であれば、基本的に薬を一生飲み続けなければなりません。これらの薬はあくまで、病気の症状を抑えることが目的です。
病気を根本から治すことができないのであれば、薬というのは意味がないものなのでしょ うか。もちろん、そうではありません。糖尿病を放置すれば、腎症や失明などの合併症を引 き起こす可能性があります。高血圧をそのままにしておけば、脳卒中や心筋梗塞などの合併 症を引き起こす危険性が高まります。そのため、血糖値や血圧を下げることによってこれらの病気による症状を抑えることができれば、より長く生きることが可能になります。
つまり、薬とは、たとえ病気を患っていたとしても、「満足のいく生活が送られる状態」 を維持させる役割があることに大きな意味を持っています。病気によって日々の生活が苦し かったとしても、その症状さえ抑えることができれば、普通の生活に戻ることができるのです。薬で病気の症状を抑えることによって、後は人間自身が持っている自然治癒力に任せるのです。これが、病気を治療する医薬品の基本的な概念です。
「毒」で病気を治療する(第二章 P.57~58)
抗がん剤の「元」はドイツで開発され、第一次世界大戦でドイツ軍や連合軍によって使用されたマスタードガスという毒ガスです。
1943年、多量のマスタードガスが積まれたアメリカの輸送船が沈没し、多数の死傷者が出た事故が起きました。事故後、マスタードガスを浴びた多数の米兵死傷者を調べたところ、白血球が減少しているという目立った特徴が見つかりました。
白血球とがん細胞には共通点があります。それは、どちらの細胞も「増殖速度が速い」という点です。そこから、「マスタードガスを使えば、白血球と同じように細胞増殖のスピードが速いがん細胞も殺すことができるのではないか」と医師のT・ドハティは考え、マスタ ードガスと似た構造を持つナイトロジェンマスタードを用いて動物実験を行いました。これが世界初の抗がん剤の誕生につながりました。ナイトロジェンマスタードはDNAに対してダメージを与え、これによって、細胞増殖を抑制することができるという特徴を備えていま した。
がん細胞とは反対に、正常な細胞はあまり増殖しません。なぜなら、心臓や肺、肝臓、皮膚などの細胞が勝手に増殖しては不都合が生じるからです。正常細胞では、怪我などによって損傷を受けるなど、必要な場合に限って細胞を修復するために細胞分裂を行います。
しかし、がん細胞は無秩序に細胞分裂を繰り返して増殖しようとします。この正常細胞とがん細胞の違いを利用した世界初の抗がん剤が、ナイトロジェンマスタードなのです。ただ、正常細胞の中には白血球や髪の毛、生殖器細胞など、活発に細胞分裂を行っている細胞も存在します。抗がん剤による副作用が表れるのは、こうした細胞まで破壊してしまうからです。
このように、特に初期に開発された抗がん剤はまさに「毒」でした。
「薬の特許」の種類(第五章 P.175~176)
ジェネリック医薬品は特許が切れた医薬品といわれていますが、半分は正解であり、もう半分は不正解です。それを理解するためには、「薬の特許」にはどのような種類があるのをまずは知る必要があります。医薬品開発で重要となる特許には、主に次の三つがあります。
・物質特許:薬の有効成分
・製剤特許:コーティングなど製剤的な工夫
・用途特許:先発医薬品が持つ特殊な使い方
実際にはもっと多くの特許が存在しますが、ここでは分かりやすく、この三つに絞ります。
ジェネリック医薬品を説明する際に頻繁に使用される「特許が切れた」という文句は、物質特許のことを指しています。物質特許とは、薬の有効成分そのものです。薬の有効成分は数十個の原子から構成される単純な構造をしていることが多く、ジェネリックメーカーは有機化学の力を使って有効成分を簡単に作り出すことができます。したがって、物質特許が切れたという意味で、ジェネリック医薬品が「先発医薬品と同じ医薬品」だというのは事実です。
しかし、薬は有効成分だけで構成されているわけではありません。そこには添加物が含まれたり、錠剤・カプセルとして薬をコーティングしたりしています。例えば、このときのコーティングに特殊な方法が使用されているとすると、この薬は「製剤特許」で守られることになります。
そのため、もし物質特許が切れたとして薬の有効成分を真似できたとしても、特殊なコー ティングなど製剤特許で守られている領域まで模倣することはできません。いくら特許が切れたとはいっても、製剤特許が切れていないために先発医薬品と同じ医薬品を作ることができないケースは頻繁にあります。
他にも、新薬によっては「それまでとは異なる別の病気の治療にも使えるように改良を行った」として、「用途特許」を有している場合もあります。この用途特許が切れていなければ、先発医薬品で治療できる病気であっても、ジェネリック医薬品では使用することができないケースが発生します。
緊急時に命を救うお薬手帳(第六章 P.223~225)
お薬手帳が見直された実例に、2011年3月11日に発生した東日本大震災後の混乱があります。
震災後、津波や原発の影響によって住む場所を追われた多くの人が、ふだん服用している 薬を求めて医療機関に殺到するという事態が起きました。このときは特例措置として、被災 者に限って「処方せんなし調剤」が可能となりました。通常、処方せんがなければ薬剤師は 調剤を行うことはできません。しかし、震災時には医師の処方せんがなくても、薬を渡せる措置が取られたのです。
しかし、「心臓の薬」や「コレステロールの薬」「痛み止めの薬」など、大まかに薬を知っていたとしても、具体的な薬の名前まで正確に覚えている人は稀です。患者さんから得られる情報といっても、「白い錠剤を夕食後に2錠飲んでいた」「糖尿病と高血圧の薬を服用して いた」くらいの曖昧なものです。これでは、いくら薬剤師であっても対応することは容易ではありません。このように、初めて会う患者さんに対して、患者さんから発せられる言葉だけで必要な薬を選び出すのはとても難しいことです。
しかし、お薬手帳を持っていれば過去の服用歴をすべて把握でき、その人がどのような病気を患っているかまで、薬からすぐに判断することができます。そのため、その場で薬を調剤することができ、まったく同じではないとしても、代わりとなる薬を渡すことが可能になります。医師に対しても、情報のフィードバックがスムーズに行えます。すなわち、お薬手帳を持っていたことで、これまで通りの治療を継続することが可能になった人がたくさんいたということです。「処方せんなし調剤」が活かされたのは、お薬手帳の存在が大きいのです。
もちろん、手帳が津波とともに流されてしまったという方も大勢いらしたでしょう。しかし、急いで持ち出したバッグの中にお薬手帳が入っていて、これによっていつも通りの薬を もらうことができた人も、また大勢いたのです。
電子化が進む世の中で、「手帳」というアナログな媒体であったことも功を奏しました。手帳であれば、停電など電力のない状況であっても、それに左右されることなく活用することができます。特に震災後はインフラの整備が不十分であったため、手帳の方が好都合でした。
災害時は、対応する医療チームが日によって替わってしまうことが頻繁に起こります。たとえそのようなときであっても、お薬手帳に調剤した薬や日数、そして注意事項などの必要な事柄が書き込まれていれば、それまでに受けた医療内容や患者さんの状況を把握できます。つまり、お薬手帳が簡単なカルテ代わりになるというわけです。
普段は煩わしく思っている人も多いお薬手帳ですが、このように、災害時の医療では大きな役割を果たします。お薬手帳は緊急時にあなたを守ってくれるツールになることを忘れてはなりません。
▽なぜ、あなたの薬は効かないのか? もくじ
まえがき
第一章 薬が作用するメカニズム
1-1 薬とは何か
薬は病気を治さない
医薬品とは?
薬はタンパク質に作用する
1-2 受容体と酵素
受容体とは?
受容体の「オン」と「オフ」
酵素とは?
1-3 病気になる理由
うつ病とはどのような状態か
病気の原因は分からない
人類の進化と生活習慣病
社会の近代化とうつ病
現代病と薬の役割
第二章 どんな薬にも副作用がある
2-1 副作用のない薬はこの世に存在しない
栄養素も毒になる
化粧品による白斑被害
2-2 毒と薬
毒と薬を区別することの難しさ
薬の有効域とは
「毒」で病気を治療する
切っても切れない関係
2-3 風邪薬にも落とし穴
風邪薬は風邪を治さない
「飲み合わせ」「小児への投与」
健康な生活と「痛み」
「攻撃因子」と「防御因子」
2-4 自己判断の危険性
頭痛には種類がある
「薬物乱用頭痛」
あらゆる場面で落とし穴
サリドマイド事件
薬による奇形の発生時期
「ありふれた薬」でも注意すべき
第三章 体の中での薬の動き
3-1 吸収と分布
薬物動態とは?
「吸収」という大きな関門
サプリメントとプラセボ効果
「分布」が重要
新薬と「運」
3-2 代謝と排泄
肝臓と腎臓が大事
「初回通過効果」
高齢者ほど気をつけなければならない
3-3 効き目を予測する
「老化」と「薬」
半減期とは?
定常状態とは?
薬が体内で効いてくるとき
体内に蓄積しない薬
「徐々に効く薬」
「すぐに効果を表す薬」
睡眠薬は「使い分け」が必要
3-4 薬物間相互作用、個体差、人種差
「薬物間相互作用」とは?
「個体差」と「人種差」
オーダーメイド医療と遺伝子診断
イレッサの例
第四章 薬害とドラッグラグはなくならない
4-1 新薬と副作用
嫌われる医薬品
新薬の副作用は予測しづらい
4-2 薬害とドラッグラグ
ドラッグラグとは?
企業の戦略に左右される
ワクチンによるドラッグラグ
二つの薬害事件
「集団義務接種」から「勧奨個別接種」へ
ドラッグラグのプラス面
4-3 ゼロリスクの罠
極論で述べられる医薬品
タミフルの異常行動と原因
新型インフルエンザの日本での致死率
ゼロリスクはあり得ない
第五章 ジェネリック医薬品の利点と欠点
5-1 先発医薬品とジェネリック医薬品
ジェネリック医薬品とは?
「薬の特許」の種類
有効成分以外の特許の問題
添加物問題
5-2 ジェネリック医薬品をめぐる世界の状況
日本と世界を比較すると
医療費にシビアな先進国
インド ― ジェネリック医薬品大国
5-3 生物学的同等性
生物学的同等性とは?
症状が悪化した例
薬を切り替えるときの注意点
変更が難しい薬
「逆」の症例
5-4 有用性の高いジェネリック医薬品
先発医薬品を凌駕する
オーソライズドジェネリック(AG)とは?
第六章 薬剤師を有効活用するには
6-1 一般用医薬品の注意点
「セルフメディケーション」のリスク
一般用医薬品のリスクとは
インターネット販売と対面販売
6-2 お薬手帳と在宅医療の意義
お薬手帳の役割
緊急時に命を救うお薬手帳
在宅医療の時代に
「人間らしい最期」を支援する
6-3 「対面」の重要性
薬の価値は情報にある
対面の大きなメリット
怪しい情報と正しい情報の見極め
情報を自ら取りにいくことの大事さ
あとがき
【著者プロフィール】
深井 良祐(ふかい りょうすけ)
薬剤師。1986年岡山県岡山市生まれ。岡山大学薬学部卒業後、同大学院で創薬化学(メディシナルケミストリー)を専攻し、修士課程を修了。
在学時に薬学系サイト「役に立つ薬の情報~専門薬学」(http://kusuri-jouhou.com/)を開設。月210万PV以上のアクセス数をほこる(2015年1現在)。難解な学問と思われる「薬学」を一般向けに分かりやすく解説し、情報発信を行う。
医薬品卸売企業の管理薬剤師として入社後はDI(ドラッグインフォメーション)業務・教育研修を担当。独立後、現在は薬剤師として臨床にも従事しつつ医療系コンサルタントとして活動している。