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役に立つ薬の情報~専門薬学

病気のなくなる日

 

都市伝説というのはいたるところに存在します。

 

例えば、「解剖実習のために死体をホルマリンにつけるアルバイト」という都市伝説です。

 

医学部では解剖実習が授業の一つとして組み込まれており、その実習のための献体をホルマリンにつけるという内容のアルバイトです。

 

しかし、実際にはこのようなアルバイトは存在しません。

 

ちなみに、私は大学に入るまで「存在する」と信じていました。

 

 バックグラウンド
こんな都市伝説があります。

 

「虫歯にならない薬が既に開発されているが、それでは歯医者が全て廃業になってしまうので発売されない」

 

もちろんそんなことはなく、虫歯にならない薬など開発されていません。

 

なお、都市伝説を語る前にいくつか知っていてほしいことがあります。それは、虫歯に関してのことです。

 

まず、虫歯は細菌によって起こります。ここでは虫歯菌とでも呼んでおきましょう。

 

つまり何がいいたいかというと、この虫歯菌が口の中にいなければ虫歯になることはありません。また、虫歯菌が作りだす酸が歯に作用しなければ虫歯にはなりません。

 

考えてみれば当然のことですよね。

 

なお、これから述べる内容は全てウソです(笑)。信用しないで下さい。

 

………………………………………………………………………

 

 薄暗い廊下を歩くと、「創薬化学教室」と丸っこい字で書かれたポスターが貼ってある部屋を発見する。

 

 部屋に入るとマジックインキに似た有機物質の独特な臭いがした。私は先に来ていた学生に声をかけ、いつもの窓際の席に座る。机の上には黄色い粉が入った試薬瓶と透明なフィルムが並んである。

 

 この2つのアイテムが世界を変えることになると思うと、つい笑みがこぼれてしまう。学生から、「思い出し笑いでもしたのですか?」と指摘され、顔を引き締めた。

 

 何年も研究を重ね、私はついに画期的な医薬品の開発に成功した。今日はその研究結果を教授に報告する日だ。そう思うと、笑みが消え少し胃が痛くなった。

 

 壁に掛った時計を見る。研究報告の時間だ。研究室に来る時間がぎりぎりになってしまった。

 

 私は席を立って教授室の前に移動する。深呼吸をし、ドアを軽く2回ノックした後、ドアを開けた。

 

 部屋の中は書籍と論文で埋もれており、足の踏み場がないとはまさにこのことだと思う。本の隙間から教授が顔を出し、いつものように作成した報告書を教授に渡す。

 

 自分の研究成果に対する興奮と教授からの鋭い指摘に対して的確に返答できるだろうかという不安が入り混じっていることが自分でも分かった。

 

 私は説明を始めた。

 

「教授、ついに開発することができました。これらは全てすばらしい物ばかりです。これで日本、いや全世界の人々が虫歯で困ることはなくなるでしょう」

 

 教授はとても興味深そうに聞き返した。

 

「ほう、どんなものを開発したのだね」

 

「私が開発したものはうがい薬、コーティング剤の二つです」

 

 私はそれぞれの効果を説明した。

 

「そもそも、虫歯は虫歯菌が口の中にいるから虫歯になるのです。つまり、虫歯菌がいなくなれば虫歯になることはありません。うがい薬は虫歯菌を完全に殺す効果があり、この薬でうがいすることによって虫歯になるのを防ぎます」

 

 教授は目を細くして報告書を見つめている。首が少し傾いているのはいつもの癖だ。私は説明を続けた。

 

「また、コーティング剤は歯に特殊なコーティングをすることで虫歯菌の繁殖を完全に抑えます。コーティング剤は一度施すだけで十年効果が持続します。歯をコーティングし、十年ごとにやり直すだけでかなりの確率で虫歯になるのを防いでくれます」

 

 私は最後に締めくくる。

 

「この二つの方法を同時に取り入れることで、虫歯の発症率は劇的に改善するでしょう」

 

 報告が終わった後、私はいつも気難しそうな顔をしている教授がほころんでいくのを初めて見た気がした。教授は少し遠くを見つめた後、私の顔を真っすぐ見て言った。

 

「それはすばらしい発見だ。特許取得した後、すぐに学会に発表しよう」

 

 今回の発表は世界中に衝撃を与えるだろうと私は確信した。

 

……数ヶ月後

 

 私がデスクワークをしているとき、ドアがノックされ、教授が普段よりもゆっくりと部屋に入ってきた。教授はいつもの気難しそうな顔に戻っていた。

 

「君に残念な知らせがあるのだが……」

 

「どうしたのですか? 教授」

 

「君が学会で発表した後、全国の歯科医院から連絡があったのだよ。薬を売らないでくれと。もし、君が開発した薬を売ってしまえば歯医者はこの世からなくなってしまうと」

 

 あまりの衝撃に私は返す言葉がなかなか見つからなかった。

 

「そんな、こんなすばらしい発明なのに……。なぜなのです」

 

「どうやら君の発明は素晴らしすぎたのかもしれない。君のおかげで虫歯に苦しむ人はほとんどいなくなるだろう。しかし、それによって全国の歯科医師が職を失い、結果的に日本は大きな経済損失を負うことになってしまうのだ。悪いが、今回はあきらめてくれないだろうか」

 

 私は教授の言葉に絶句した。

 

 今まで私は素晴らしい薬を開発すれば、必ずみんなに喜んでもらえると信じていた。しかし、結果的に大きな損失を生むことになるなんて……。

 

 また、私は一部の人の意見によって画期的な薬が世に出ないことにも憤りを感じた。

 

 そして、私は考えなおした。

 

 今はまだ私の研究を受け入れてくれないかもしれない。しかし、いつかは私の成果が認められる日がくるだろう。

 

 私が望むのは病気のない世界である。私が虫歯の無い世界を創造しようとしたのと同じように、他の誰かが病気を一瞬で治してくれる薬を開発するであろう。その人たちのために、まずは私が世間で認められなければならない。

 

 それから、私の戦いが始まるのであった。

 

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