▽抗菌薬の考え方には法則がある

 

図解入門 よくわかる最新 抗菌薬の基本と仕組み

薬を学ぼうとするとき、最も挫折する人の多い分野が「抗菌薬」であるといえます。その理由は単純に薬の数と種類が膨大だからです。

 

それだけではありません。感染症を引き起こしている原因微生物も無数に存在します。そのことから、どの抗菌薬を使用すればよいのかわからない状態に陥りやすいのです。

 

それを象徴するかのように、「あらゆる細菌をカバーする抗菌薬」が多用されています。1つの薬が様々な細菌を殺すため、原因菌を特定せず、抗菌薬の性質を理解していなくても、感染症が治る確率は高いといえます。

 

当然ながらこのような状況は好ましくありません。使い勝手の良い薬が開発されたからといっても、何も考えずに薬を使用してよいわけではないのです。

 

そうはいっても、微生物や抗菌薬を学ぶときは知識の押し付けになってしまうことがほとんどです。

 

例えば、教科書では「ペニシリンGは黄色ブドウ球菌や化膿レンサ球菌などのグラム陽性菌をカバーし……」などと書かれています。

 

これではやる気が起こりませんし、頭に残ることもありません。本書は、一般の生活者の方々が抗菌薬のエッセンスを理解いただけるように記述しております。

 

抗菌薬は、前述のとおり種類が多いことから、一見すると複雑に見えてしまいます。しかし、抗菌薬の考え方には一定の法則があります。

 

本書において、抗菌薬の法則や性質を整理することができれば、抗菌薬を理解することは難しくありません。このことが、重要な抗菌薬はもとより、他の多くの抗菌薬の理解にも役立ちます。

 

一方、病気を引き起こす病原菌も無数に存在します。しかし、これらをすべて理解するのは現実的ではありません。本書において、感染症で頻繁に問題となる重要な細菌とそれらに有効な抗菌薬を理解しましょう。

 

本書は抗菌薬を知識ゼロの状態から学ぶことを想定しています。専門用語を用いる場合は、その前に説明を加え、スムーズに理解できるように配慮しました。

 

また、文字情報だけで伝えるには限界があるため、図解を多用することで視覚からイメージできるようにしています。

 

本書を、より専門的な内容を学ぶための最初のステップとして活用してください。本書のあとに専門書を読めば、その理解度は格段に進んでいるはずです。多くの方が抗菌薬のハードルを乗り越え、興味を持って学んでいただくためのきっかけになることを願っています。

 

※既に臨床現場で活躍している医師・薬剤師というよりも、薬学生や看護師など「知識ゼロ」の状態の人を対象にしています。専門書との間を繋げるための本であると理解してください。

 

 

▽本書の一部を立ち読み

 

 感染症成立の条件(第1章 P.32~33)

 

 ・感染の成立には「感染源」「感染経路」「感受性宿主」の3つがある
 ・3つのうち、どれか1つでも遮断できれば感染症を発症しない

 

 ○ 感染源、感染経路、感受性宿主
感染症を発症するには、「感染源」「感染経路」「感受性宿主」の3つが重要です。この3つの条件がすべて揃うことで、感染症が成立します。

 

感染源とは、「病気を引き起こす微生物」のことを指します。微生物がいなければ、当然ながら感染症は起こりません。

 

感染経路とは、「新たに感染を起こすための経路」を指します。例えば、くしゃみをすると、しぶきと共に多くの微生物が外に放たれます。これを吸うと、感染症が成立します。他には、空気が感染経路になったり、物を介して感染したりします。

 

感受性宿主とは、「ヒトの免疫力」を指します。病原菌による感染が起こったとしても、免疫力がしっかりしていれば感染症は起こりません。小児では成人に比べて免疫力が十分ではなく、感染症を発症しやすいといえます。

 

 ○ 感染症を予防するには

 

最も重要なのは、最初から感染症にかからないことです。「感染源」「感染経路」「感受性宿主」のうち、どれか1つでも遮断できれば、感染症にかかることはありません。そこで、感染症を防止するとき、どこかで感染の成立を遮断するように努力します。

 

例えば、消毒薬を使用すると、病原微生物を殺すことができます。これは、感染経路の遮断にあたります。また、ワクチンを使用すれば、免疫力を高めることができます。これは、感受性宿主を高める行為であるといえます。

 

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 最初に学ぶ抗菌薬(第3章 P.82~83)

 

 ・β-ラクタム系抗生物質とそれ以外で考える
 ・β-ラクタム環がβ-ラクタム系抗生物質の抗菌作用を担っている

 

 ○ β-ラクタム系抗生物質
抗菌薬は他の疾患と比べて薬の種類が多く、原因となる微生物の数も多岐にわたります。このようなこともあり、多くの人が抗菌薬を苦手としています。そこで、抗菌薬を理解するときは「β-ラクタム系抗生物質」と「それ以外の抗菌薬」で考えてみましょう。

 

β-ラクタム系抗生物質の使い分けができれば、ひとまずは何とかなります。β-ラクタム系抗生物質としては、ペニシリン系抗生物質、セフェム系抗生物質、カルバペネム系抗生物質の3つに分けることができます。あとは必要に応じて、重要となる「それ以外の抗菌薬」を理解していきます。

 

 ○ β-ラクタムとは
β-ラクタムとは、β-ラクタム環と呼ばれる構造を指します。β-ラクタム環を有する抗菌薬がβ-ラクタム系抗生物質なのです。

 

フレミングが発見した抗生物質ペニシリンは、β-ラクタム系抗生物質に分類されます。ペニシリンが発見されたころ、ペニシリンFやペニシリンGなど、当初は多くの混合物でした。そこからペニシリンG(ベンジルペニシリン)だけを抽出したものが、いまのペニシリンと呼ばれているものです。

 

ペニシリンGの構造を見ると、四角形の構造をしていることがわかります。この特徴的な構造がβ-ラクタム環で、抗菌作用を示す本体です。つまり、β-ラクタム環がなければ、これらの薬は抗菌作用を示すことができません。ペニシリンは口から服用しても効果はありませんが、これは胃酸によってβ-ラクタム環が分解されるからです。

 

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 腎機能低下患者への投与(第5章 P.130~131)

 

 ・腎機能が低下すると、抗菌薬が排泄されにくくなる
 ・腎機能の評価にはGFRを用いる

 

 ○ 腎機能と薬物排泄
薬は主に「肝臓で代謝される」、または「腎臓で排泄される」ことによって、その効果を失っていきます。特に、抗菌薬を使用するときは腎機能の働きが重要です。

 

TDMを必要とするアミノグリコシド系やグリコペプチド系は、腎排泄型の薬物です。腎臓の機能が悪くなると薬の排泄が困難になるため、血中濃度が上がりやすくなります。そのため、腎機能低下患者は薬物量を調節しなければいけません。

 

 ○ GFRから腎機能を算出する
腎機能にはGFR(糸球体濾過速度)と呼ばれる指標があります。腎臓は血液をろ過することで尿をつくりますが、そのときのろ過速度がGFRです。腎機能が低下すると、腎臓でのろ過機能も弱くなります。つまり、GFRが下がります。その結果、薬が尿と共に排泄されにくくなります。

 

GFRは年齢と性別、血清クレアチニン(SCr)がわかっていれば算出できます。クレアチニンとは、筋肉が活動するときに出る老廃物のようなものです。クレアチニンが血液中にどれだけ含まれているのかを調べ、GFRを出します。

 

正常な人と比べて、GFRが半分に減っている場合は薬の投与量も半分にします。GFRが1/4になっているとき、投与量を1/4にします。大雑把ではありますが、このようにして抗菌薬の投与量を考えていきます。ただし、初回投与のときだけは通常量を投与します。これは、有効な血中濃度へ素早く上げるためです。

 

なお、肝臓での代謝機能も薬の排出に重要です。しかし、肝臓にはGFRのような投与量の調節に役立つ指標がありません。肝機能が低下したときの投与量調節というのは、よくわかっていないのが実状です。

 

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 重要な細菌を見極める(第6章 P.136~137)

 

 ・細菌学を学ぶときは、優先順位が重要
 ・細菌固有の特徴を理解する

 

 ○ 上位20%を学ぶ
抗菌薬を理解するためには、まず敵を知らなければいけません。つまり、細菌学を学ぶということです。ただ、細菌学の講義は面白くない内容になりがちです。それは、知識の羅列を押し付けようとするからです。そこで、物事を学ぶときは優先順位を考えなければいけません。

 

「上位20%の要素が全体の80%を占めている」という法則がパレートの法則です。微生物学で言い換えると、発生頻度の高い上位20%の細菌を理解すれば、感染症の80%をカバーできるというものです。パレートの法則は、あらゆる状況に当てはまる有名な法則です。

 

細菌学を学ぶときも、このように考えます。つまり、学ぶべき事柄を選択します。例えば、バイオテロで有名な炭疽菌やかつて猛威をふるっていたペスト菌などを必死で勉強してもいいのですが、実際に必要になる機会はほとんどありません。それよりも、黄色ブドウ球菌や緑膿菌などの理解を深めたほうが効果的です。もしわからない細菌に出会っても、教科書を開けばよいだけです。

 

 ○ 細菌独自の特徴をつかむ
細菌によって、「もともと抗菌薬が効きにくい」「細胞壁がない」などの特性があります。そこで、その細菌独自の特徴を理解しなければいけません。

 

抗菌薬の効きにくい細菌であれば、投与する薬を慎重に選ぶ必要があります。また、細胞壁がないのであれば、細胞壁合成を阻害するβ-ラクタム系は無効であると予想できます。このようにして、細菌と抗菌薬を少しずつ紐付けて考えていくのです。

 

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 セフェム系抗生物質(1)(第3章 P.82~83)

 

 ・第一世代から第四世代まで、大まかな特徴が存在する
 ・第一世代セフェムは黄色ブドウ球菌、レンサ球菌に対して有効である

 

 ○ セフェム系抗生物質の分類
セファロスポリンと呼ばれる抗生物質が発見され、これと似た構造を有する薬をセフェム系抗生物質といいます。ペニシリン系と同じように、セフェム系もβ-ラクタム環を有しています。セフェム系でよく使われる分類に第一世代、第二世代、第三世代、第四世代があります。ただ、これらは単純に「開発された時期」による分類です。そのため、同じ世代でも性質のまったく異なるセフェム系が存在します。

 

一般的に、世代が進むごとにグラム陽性菌がカバーされなくなり、グラム陰性菌をカバーするようになります。つまり、傾向としては、「グラム陽性菌:第一世代>第二世代>第三世代」となります。また、「グラム陰性菌:第三世代>第二世代>第一世代」と考えます。第四世代については、「第一世代+第三世代」と認識します。

 

ただし、前述のとおり、これは開発された時期による分類であることから、参考程度に留めておいたほうが無難です。つまり、例外がいくつも存在するということです。

 

 ○ 第一世代セフェム
第一世代セフェムは、グラム陽性菌の中でも黄色ブドウ球菌やレンサ球菌に対して使用されます。そのため、これらの細菌によって皮膚や軟部組織(筋肉、血管など)に感染症を生じた場合に有効です。ただ、グラム陰性菌によって皮膚・軟部組織に感染症が起こることもあります。その場合は、グラム陰性菌をカバーする第三世代セフェムを用いることがあります。

 

なお、第一世代セフェムは腸球菌に対して効果がありません。すべてのグラム陽性菌に作用を示すわけではないのです。また、緑膿菌や嫌気性菌へのカバーもありません。

 

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▽図解入門 よくわかる最新 抗菌薬の基本と仕組み もくじ

 

まえがき

 

第1章 感染症の基礎

 

1-1 感染症の歴史
1-2 微生物がヒトの体内に侵入する
1-3 病気をもたらす微生物
1-4 細菌感染とウイルス感染
1-5 感染症が増加している
1-6 感染症のいろいろな病状・病態
1-7 微生物の発育を阻害する微生物
1-8 細菌感染症の特効薬〈抗菌薬〉
1-9 感染症成立の条件
1-10 伝染する感染症
1-11 感染症の診断、検査
1-12 感染症を治療する
1-13 食中毒と微生物
1-14 消毒薬の基本
コラム 抗菌薬は数少ない根本治療薬
コラム 抗菌薬の働きを覚えるコツ

 

第2章 細菌の特徴を知る

 

2-1 ヒトと細菌の細胞構造
2-2 グラム陽性、グラム陰性とは
2-3 細菌を観察する
2-4 細菌とウイルスの違い
2-5 ウイルスに抗菌薬は効かない
2-6 ウイルスは生物?
2-7 人間の免疫力
2-8 免疫力の低下による感染
2-9 病院内で起こる感染
コラム 原因菌による薬の選択

 

第三章 体の中での薬の動き

 

3-1 抗菌とは
3-2 抗菌薬の歴史
3-3 ペニシリンの発見と貢献
3-4 改良による新たな抗生物質の創出
3-5 高齢者に起こる肺炎
3-6 細菌だけに毒性を与える
3-7 抗菌薬の「強さ」とは何か
3-8 抗菌薬が新たな感染症を引き起こす
3-9 最初に学ぶ抗菌薬
3-10 抗菌薬の作用機序(1)
3-11 抗菌薬の作用機序(2)
3-12 抗菌薬の作用機序(3)
3-13 抗菌薬を分類する殺菌性と静菌性

 

図解入門 よくわかる最新 抗菌薬の基本と仕組み

第四章 薬害とドラッグラグはなくならない

 

4-1 耐性菌とは何か
4-2 耐性菌の歴史
4-3 抗菌薬を分解する酵素の出現
4-4 耐性菌の発生メカニズム
4-5 耐性菌が増える機構
4-6 耐性菌の出現を防ぐために
4-7 副作用を抑えて治療効果を高める
4-8 使用を制限する抗菌薬
4-9 予防的抗菌薬の投与
コラム バンコマイシンの復活

 

第5章 抗菌薬の適正な使用

 

5-1 抗菌薬の適正な使用とは(PK/PD理論)
5-2 抗菌薬が作用する仕組み
5-3 細菌の増殖抑制効果
5-4 抗菌薬の効果を最大限に発揮させる
5-5 濃度依存性抗菌薬の投与
5-6 時間依存性抗菌薬の投与
5-7 薬の有効性と安全性の評価
5-8 抗菌薬を併用する目的
5-9 腎機能低下患者への投与
5-10 血中濃度を素早く引き上げる
コラム 抗菌薬の作用を発揮させた正しい投与

 

第6章 生活の中に潜む病原菌

 

6-1 重要な細菌を見極める
6-2 黄色ブドウ球菌
6-3 化膿レンサ球菌
6-4 腸球菌
6-5 肺炎球菌
6-6 大腸菌
6-7 緑膿菌
6-8 インフルエンザ菌
6-9 マイコプラズマ
6-10 結核菌
コラム ワクチンの効果と病気の予防

 

第7章 抗菌薬の種類と内服薬

 

7-1 抗菌薬を学ぶ前に
7-2 ペニシリン系抗生物質(1)
7-3 ペニシリン系抗生物質(2)
7-4 ペニシリン系抗生物質(3)
7-5 セフェム系抗生物質(1)
7-6 セフェム系抗生物質(2)
7-7 セフェム系抗生物質(3)
7-8 カルバペネム系抗生物質
7-9 グリコペプチド系抗生物質
7-10 オキサゾリジノン系抗菌薬
7-11 マクロライド系抗生物質
7-12 アミノグリコシド系抗生物質
7-13 ニューキノロン系抗菌薬(1)
7-14 ニューキノロン系抗菌薬(2)
7-15 テトラサイクリン系抗生物質
7-16 ST合剤

コラム 炎症の度合いを測る指標


 

【著者プロフィール】

図解入門 よくわかる最新 抗菌薬の基本と仕組み

 

深井 良祐(ふかい りょうすけ)

 

薬剤師。1986年岡山県岡山市生まれ。岡山大学薬学部卒業後、同大学院で創薬化学(メディシナルケミストリー)を専攻し、修士課程を修了。

 

在学時に薬学系サイト「役に立つ薬の情報~専門薬学」(https://kusuri-jouhou.com/)を開設。月210万PV以上のアクセス数をほこる(2015年1月現在)。難解な学問と思われる「薬学」を一般向けに分かりやすく解説し、情報発信を行う。

 

医薬品卸売企業の管理薬剤師として入社後はDI(ドラッグインフォメーション)業務・教育研修を担当。独立後、現在は薬剤師として臨床にも従事しつつ医療系コンサルタントとして活動している。株式会社ファレッジ 代表取締役。