農薬の一種であるマラチオンが検出された事件は有名です。マルハニチロホールディングスの子会社アクリフーズが製造した冷凍食品からマラチオンが検出され、2013年12月に自主回収を行ったというものです。

マラチオンは有機リン系の農薬として知られています。いわゆる殺虫剤です。では、マラチオンとはどのような物質なのでしょうか。

 ・有機リン系薬剤

全ての物質は原子で構成されています。例えば、酸素は酸素原子(O)から、窒素は窒素原子(N)から出来上がっています。このように原子にもいくつか種類があり、その中の1つにリン(P)があります。

専門家には怒られそうですが、大まかに「リンを含んでいる農薬」が有機リン系の殺虫剤だと思ってください。では、なぜこの薬が虫を殺せるかと言うと、神経毒性を示すためにあります。

唾液が出たり、消化管の活動が活発になったりするには、神経伝達物質の働きが重要になります。神経伝達物質は情報を伝える作用を有していますが、その役割を果たした後は分解されます。この分解には酵素が関わっています。

通常であれば、神経伝達物質は素早く分解されます。しかし、何らかの原因によって「神経伝達物質を分解するための酵素」の働きが弱くなると、体の中に神経伝達物質がたくさんに蓄積するようになります。

その結果、生体の神経系が過剰に反応するようになり、神経毒性を示すようになります。これが、有機リン系の農薬によって毒性が表れる簡単なメカニズムです。

有機リン系の薬物と言えば、サリンが有名です。マラチオンと全く同じ作用機序により、サリンは「神経伝達物質の分解」に関わる酵素を阻害することによって、神経伝達物質の量を増やします。これが呼吸困難を引き起こし、重症になるけいれんを伴うようになります。

 ・有機リン系薬剤の解毒薬

サリンと言えば、地下鉄サリン事件が有名です。この時はある解毒剤によって、多くの人の命が救われました。その名前をPAM(パム)と呼びます。

PAMを投与すると、サリンなどによって効力を失った酵素の作用が元に戻ります。つまり、有機リン系薬剤の解毒薬として働くのです。

もともと、PAMは農薬中毒のために使われることを想定されていました。ただ、地下鉄サリン事件の際は新幹線で全国各地にあるPAMを回収し、事件被害者に使用されたという経緯が有名になっています。

マラチオンとサリンを比較すると、その毒性量は異なりますが、毒性を示すメカニズムや解毒方法などは一緒だということです。

ちなみに、「脳への移行性を高める」や「酵素を完全に阻害せず、適度な作用に留める」などの工夫を行うと、薬として機能するようになります。

例えば、アルツハイマー型認知症治療薬のアリセプト(一般名:ドネペジル)や重症筋無力症治療薬のウブレチド(一般名:ジスチグミン)などは、医療用医薬品として用いられています。ただ、その作用機序はサリンやマラチオンとほぼ同じです。

どのような工夫をするかによって、ある時は「毒」として作用することがあれば、またある時は「薬」として多くの人を救うこともあるのです。